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zoom RSS 平成16年少飛会・兄弟会参加旅行

<<   作成日時 : 2008/03/07 21:03   >>

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今回の旅は、前回のコースと重なる部分がありまして、
伊良湖・焼津の旅でした。

16:05:19 09:19 札幌自宅出発。

         10:18 朝里局に寄り貯金を下ろす。

         10:23着 小樽新日本海物産に寄り、お土産の
         10:36発 ラーメンを購入。

         10:50 小樽ターミナルに到着。

         11:30 同ターミナル出発。


画像


船内レストルームで持参の
ご馳走で一杯飲み。












16:05:20 06:00 新潟ターミナルに到着。

         06:15 紫竹山ICからバイパス(7号線)に入る。

         06:20 黒崎ICから一般国道に出ようと思ったが、
               左に寄るのを忘れ、高速に入ってしまう。
               諦めてそのまま進む。

         06:23 新潟西ICを通過。

         07:33 柏崎の米山ICから出て、8号線に入る。

         08:14 上越市の下源入交差点を通過し、直進する。
               ここから飯田・妙高高原方面への18号線
               が分岐している。


画像

08:46着
09:30発

新潟県の道の駅「能生」にて
朝食を取る。










         09:50 糸魚川にて左折し、148号線に入り、白馬・
               松本方面に向う。


画像

10:51着
11:09発

道の駅「白馬」にて、トイレタイムを
取る。遠回りになるが、ここから
オリンピック道路として開発された
白馬・長野道路(33〜31号線)
が分岐している。







         11:28 大町の旭町交差点を通過。

         12:21 松本に近づき、147〜19号線を経て、新橋
               交差点から、松本城方面に入る。

         12:35 松本城に到着。


松本城は、長野県松本市にある城で、国の史跡に指定されている。
松本城となる以前は深志城(ふかしじょう)と呼ばれていた。市民か
らは別名烏城(からすじょう)とも呼ばれ親しまれている。

天守は国宝にしていされ、全国に12基現存している、安土桃山時代
後期から江戸時代初期にかけて建造された天守を有する城郭の一つ
である(現存12天守)。

歴史的に見ると、戦国時代の永正年間に、松本平の信濃府中(井川)
に居を構えていた信濃守護家家小笠原氏(府中小笠原氏)が林城を
築城し、その支城の一つとして深志城が築城されたのが始まりと言わ
れている。

後に甲斐の武田氏の侵攻を受け小笠原氏は没落、武田氏は林城を
破棄して深志城を拠点として松本平を支配下に置く。武田氏滅亡後の
天正10年(1582年)徳川家康の配下となった小笠原貞慶が旧領を
回復し松本城に改名した。

天正18年(1560年)の豊臣秀吉による小田原征伐の結果、徳川家
の関東移封が行われ当時の松本城主小笠原秀政も下総古河へと移
った。代わりに石川数正が入城し、石川数正とその子康長が、天守を
始め、城郭、城下町の整備を行う。

その後、大久保長安事件により石川康長が改易となり、小笠原秀政が
返り咲く。大阪の陣以後は、松平康長や水野家などの松本藩の居城と
して機能。水野家の後は松平康長に始まる戸田松平家(戸田氏の嫡流)
が代々居城とした。

享保12年(1727年)には本丸御殿が焼失、以後の藩政は二の丸で
執務がとられた。

近現代になって、明治維新後、1872年(明治5年)に天守が競売に
かけられ、一時は解体の危機が訪れるが、市川量造ら地元の有力者の
尽力によって買い戻されて難を逃れる。

明治30年代頃より天守が大きく傾き、これを憂いた松本中学校長小林
有也らにより、天守保存会が設立され、1903年(明治36年)より1913
年(大正2年)まで明治の大修理が行われた。

構造について触れると、典型的な平城。本丸、二の丸、三の丸ともほぼ
方形に整地されている。南西部に天守を置いた本丸を、北部を欠いた
凹型の二の丸が囲み、更にそれを四方から三の丸が囲むという、梯郭式
+輪郭式の縄張りを成している。これらは全て水堀により隔てられている。

松本城の天守は5重6階の大天守を中心に、三層の乾小天守を渡櫓で
連結し、更に二層の辰巳附櫓と一層二階の月見櫓を複合した均整の取れ
た珍しい構成になっている。これ等の天守群は国宝に指定され、大天守は
五層六階として現存する我が国最古のものとなっている。

天守の外壁は各層とも上部は白漆くいで、下部は黒漆塗りの下見板
塗りの下見板が覆っていることから「烏城」といも呼ばれている。

内堀越しに眺める天守群の姿は白と黒のコントラストが美しく、あらゆる角度
から眺めていたい。天守の内部に入れば矢狭間や鉄砲狭間が目を惹き、
400年前の戦国時代そのままの雰囲気が伝わってくる。見事な木造建築で、
上の階に上がるにつれて階段が急勾配となるのは、戦いに備えて工夫された
ものといえる。


画像


松本城の勇姿である。













         13:35 丁度1時間の松本城の観光を終えて、
               再び19号線に入る。

         14:13 塩尻市の高出交差点から右折し、19号線を
               そのまま進み木曾福島方面に向う。此処から
               直進で153号線の伊那・飯田方面、左折し
               20号線の岡谷・諏訪方面が分岐している。

         15:01 木曾福島を通過し、左方向の南木曽方面に
               向う。右方向は361号線で高山方面が分岐
               している。


画像


15:26着 
15:41発

長野県大桑村の道の駅
「大桑」にてトイレタイム。











         15:56 南木曽の吾妻橋交差点を通過し中津川方面に    
               向う。ここから妻籠・飯田方面への256号線が
               分岐している。

         16:19 中津川を通過。

         16:29 恵那市に入り、雀子ケ根交叉点から右折し、
               恵那峡・かんぽの宿方面に入る。

         16:36 恵那かんぽの宿に到着。


恵那峡は、暇が無くて観光出来なかったが、部屋から見た風景を
紹介しながら、少しく説明いたします。

恵那峡は、岐阜県恵那市・中津川市を流れる木曽川中流の渓谷を
指している。

この恵那峡は当時の地理学者、志賀重昴が、大井ダムの湖景と一帯
に見られる奇岩の調和を称え命名したものである。全国にはダムの
開発によって景観が損なわれたケースが多いが、この恵那峡は全く
逆のケースで、自然の造形と人口物の融合によって誕生した景勝地
である。恵那峡県立自然公園の中枢である。

一帯には、奇岩が卓越する、。屏風岩、軍艦岩、鏡岩などが見られ、
それらを見物するためのジェット船が周航している。地質学的にも
貴重な場所であり、鉱物博物館がある。

恵那峡の近辺にある傘の形をした岩で、底が傘のように括れている
ことから「傘岩」名付けられた。黒雲母花崗岩からなり、雨水の浸食、
風化などによって象られた。最も広い場所が直径3.3mなのに対し、
最も狭い場所は数十cmしかない。天然記念物に指定されている。


画像


かんぽの宿からの恵那峡の望景。













画像


恵那かんぽの宿の夕食
メニュー。














    (続き)
                   
  

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
今晩は 松本城は昔会社の旅行で行き上まで登った事があります
深志というのは、昔松本深志という高校があり聞いた事があります
こまごまとした説明ですね、小笠原家というのは飯田にも
お城の址があったようですが、血筋が繋がってたのかも知れせんね

恵那峡は何十年も昔、両親や妹といったことがありボートに
乗ったことがありましたよ
僕は中学卒業して、上京するまで飯田に住んでたので
邦さんの話は懐かしいです
今でも二番目の妹夫婦が駄科というところに住んでます
時たま一週間位のんびりしてきますが
みっちゃん
2008/03/07 21:27
過去に恵那山の登山で、まったくの山頂に体調不良で届かなかったのが、
心残りですが、前日とまったロッジで、登山仲間と雑魚寝は、
楽しかったです。
(当時の会社の部長と社長が元登山部で登山の言いだしっぺでした。)
その時に、社長にたんぽぽの科学の話を教えて貰ったのです。
manta-kun
2008/03/07 21:47
みっちゃん お早うございます〜

松本城は、長野善光寺と同じで、この付近を
何回も通過していて、見物していませんでした。

そこで、両方ともかなり後になって念願の
見物を果たして満足した訳です。

恵那のかんぽの宿も2回宿泊しました。
kunityan
2008/03/08 08:42
manta-kun お早うございます〜

恵那山の登頂が出来なかったのは残念ですが、
昔の楽しい記憶を想い起こして頂けたのは、
良かったと思います。
kunityan
2008/03/08 08:47
お早う御座います 今日は春が近く感じる暖かい陽射しですよ
恵那峡でボートに乗ったというのはハッキリ思い出せないので
乗ってないみたいでしたよ
それにしてもこの辺は良く通ってるし詳しいですね
みちゃん
2008/03/08 09:38
みっちゃん 今晩は〜

今日も過去の写真を整理していたら、恵那に行った
写真を発見しました。別な機会にこの旅を紹介した
いと思います。
kunityan
2008/03/09 21:46

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