平成11年道少飛会知覧旅行記(続)


11:10:16

知覧の特攻平和会館を出発して、鹿児島の仙巖園に到着する。

桜島を築山に錦江湾を池に見立てて雄大な借景を持つ仙巖園
は、万治元年(1658年)、19代島津久光が此の地に別邸を
構えたのを始まりとします。

園内には永い歴史を物語る史跡が数多く残されております。
仙巖園の正門として作られた錫門、明治時代には島津藩の
本邸としても利用された御殿、日本で始めてガス灯を灯した
鶴灯籠、琉球の国王から献上されたと伝えられる望嶽楼、
そのほか、千尋巖や曲水の庭、江南竹林など随所に中国風
の造園を感じさせるものもあります。

また、園内には数多くの植物が栽培され、四季折々の景観
を見せてくれます。

 
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仙巖園の石柱の傍で。












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園内にて桜島をバックにして。
時折噴煙が立ち昇る。











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島津家の別邸として建てられた御殿は、明治維新後は鹿児島における島津家における生活の拠点となり、本邸として利用されたこともあった。現在では明治17年に改築された部分を中心に、本邸として使用された頃の凡そ3分の1が残されている。その一部は一般に公開されている。






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千尋巖の謂れが記されている
説明板。矢印の方向の岸壁
に文字が刻まれている。










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巨大な岩石に刻まれた11mにも及ぶ「千尋巖」の大文字は、27代島津斉興が文化11年(1814年)4月に完成させたものです。これを刻むために、述人員3900人と3ケ月の日数を要し、工事の際は磯山の杉や竹で足場を組んで、作業を行ったと言われています。このように岩に文字を刻む作業方法は、日本庭園では大変珍しく中国文化の影響と思われます。













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庭園を通して桜島が覗
かれる。











鶴嶺神社について説明します。幕末頃から廃仏毀釈の煽りを受けて、
薩摩藩領内の寺院を廃止する機運があったが、明治2年(1869年)
3月24日、島津忠義の正室「てる姫」が死去した際、葬儀を神式で
行う事が決った事をきっかけとして、薩摩藩領内の寺院の排斥が
一気に進行した。

その際、かって島津氏の菩提寺を弔っていた福昌寺も廃絶の憂き目
にあい、その代わりに創立されたのが鶴嶺神社である。当初の場所
は「鹿児島郡坂本山下鶴峰」(現鹿児島市照国町)にあり、神社の
名前はこの地名に由来している。此の時従来菩提寺で保管していた
歴代当主の肖像画や宝物などは鶴嶺神社をはじめ他の神社に移さ
れた。

西南戦争の際、島津家は中立を保っていたにも拘らず、この神社は
官軍の強奪被害に遭い、多数の文化財を失った。これ等の宝物の
消息は現在に至るまで不明であり、鹿児島が現在に至るまで文化
財過疎県である一因となっている。

大正6年(1917年)島津斉彬・久光・忠義の3人の銅像建立に伴い
、現在地に移転された。


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鶴嶺神社です。












画像望嶽楼の謂れについて触れます。19代島津光久の時代に琉球国王から贈られたと伝えられている建物、で藩主が琉球使節と面接する際に使用されたと言われています。異国情緒に富むこの建物の最も特徴ある部分は床で、中国中朝初期に阿房宮の床瓦を模造したと伝えられる塼が273枚敷き詰めてあります。また、「望嶽楼」の額は中国東晋時代の書道家王義之の書を彫ったとされています





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望嶽楼周辺の光景。














下記の写真に写されているように、名勝「仙巖園」の曲水の庭は、
1959年に発掘されたもので、現存する国内の曲水の庭の遺構
の中で最大のもので、建造当時の様子が良好に保存されている
貴重な文化財として高く評価されています。

この曲水の庭は、代21代島津吉貴が1736年頃、中国「蘭亭」
を参考にして作庭したものと思われます。それは、曲水の庭の
ほとりに繁茂する江南竹が、1736年中国より琉球を経て初めて
日本に渡来したと記録され、その景観が王義之の「蘭亭帖」序文
の一説に近似しているからです。

また、かって宮中や公家で行われた曲水の宴が大名の庭でも行
われたと想像され島津家が古来の文化を真摯に継承していたこ
とが覗えます。「仙巖園」の曲水の宴は、長い時を越えてこれらの
伝統的文化を復興し、往時の華やかな儀式を偲ぶことを目的とし
て現在も開催しています。

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曲水の宴の謂れの説明板で、現在の実施状況を説明しています。曲水の宴とは、そもそもどの様なものか付け加えておきます。水の流れのある庭園で、その流れのふちに出席者が座り、流れてくる杯が自分の前を通り過ぎるまでに詩歌を詠み、出来なければ罰として盃の酒を飲むという行事である。






隣接している尚古集成館は、大正12年(1923年)に開館した永い歴史を
もつ博物館で、島津伝来の史料中心に約一万点を収蔵し展示する博物館
です。

幕末維新期、この付近一帯では日本の近代化を支える重要な事業が行わ
れました。この地は斉彬が造った集成館という工場群のあった場所であり、
反射炉、溶鉱炉などの軍需関係のほかに、ガラス工場、鍛冶場、鋳物細工
所なども立ち並んでいました。

尚古集成館の本館は、慶応元年(1865年)に造られた機械工場を利用し
ており、外観に風格があります。現在、本館では常設展示を、別館では
企画展を開催しています。なお、本館の建物は重要文化財に指定されて
います。


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尚古集成館の建物です。













本日の観光はこれで完了し、仙巖園を出発し宿泊施設の霧島観光ホテル
に到着する。

夕食を済ませ、最後の晩でも有り、スナックで2次会を盛大に催し、かなり
盛り上がった様子をお見せしよう。


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夕食会場の光景。(その1)












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夕食会場の光景。(その2)












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以下私のカラオケオン
パレード(その1)。











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同上(その2)












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同上(その3)












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同上(その4)












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会計部長のカラオケ
滅多に歌わない。


















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ダンス愛好会会長の
カラオケ。



















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以下ダンス好きの面々の
ステップをどうぞ(その1)。











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同上(その2)。












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同上(その3)。




















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同上(その4)。



















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その内リズムダンスらしき
ものが、自然発生する。











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ダンス愛好会の奥さんの
カラオケ。


















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股旅物のカラオケが好き
ダンスも好き。


















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会長は美声の持ち主
張りと伸びがある。


















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魚網販売業の社長の
カラオケ。


















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七面法被の活躍で、ムード
メーカーの同期です。


















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スナックでの集合写真
を撮りました。











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霧島観光会館前で
集合写真を撮る。












11:10:17

霧島観光会館を出発し、最後の観光スポットの霧島神社に到着する。


欽明天皇の時代、慶胤(けいいん)の僧侶に命じて高千穂峰と火常峰
の間に社殿が造られたのが始まりとされる。実際の所は高千穂峰に対
する山岳信仰から始まった神社である。

しかし、火山の麓にあるという立地のため度々炎上する。天暦年間に
性空により瀬田尾越(現在の高千穂河原・古宮址)に遷されるが、ここ
も度々噴火の巻き添えで炎上する。文明16年(1484年)、島津忠昌
の命により兼慶が再建したのが、現在の霧島神宮である。但し、建物
はその後も幾度も炎上し、現在の社殿は正徳5年(1715年)、島津吉
貴の奉納により再建したものである。

明治期の神仏分離令が発行されるまでは、西御在所霧島権現と称し、
本地堂は十一面観音。別当寺に華林寺を有する。霧島山を中心とした
修験者による霧島六所権現信仰の中心的役割を果たしていた。

歴代島津氏の尊崇篤く、島津義久は、天正6年(1578年)耳川の
戦いに臨む途中に参拝して鬮を引き、また九州北上にあたっても天正
14年(1585年)6月に日向国惣先達職の面貴善哉坊と重臣山田有信
を、再び9月に吉田清作を、それぞれ遣わして鬮を引き侵攻方面を決める
など、重要事項の決定に際し度々神慮を仰いでいる。

また、御神木の杉は樹齢約800年と推定され、南九州の杉の祖先とも
言われている。


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霧島神宮である。













いよいよ最終観光箇所の霧島神宮を出発し、帰路の途に着くため、
鹿児島空港に到着する。


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吾々の搭乗するANK477便
である。













10:40 鹿児島空港を出発。


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離陸後の眼下の地上の
景色です。












11:1017 13:05 新千歳空港到着。

札幌まで快速エアーポートに乗って札幌に向かい、妻の迎えの
車にて自宅に帰る。(同期2人同乗し自宅へ送る)


    (終わり)

















































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